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福應寺毘沙門堂 むかでの絵馬館

他にはない民俗文化財を守る
「むかでの絵馬館」が完成

令和元年(2019年)6月30日、角田市鳩原にある福應寺境内に「むかでの絵馬館」が完成しました。
むかでの絵馬館は、平成24年(2012年)3月、民俗文化財として宮城県で初めて国の重要有形民俗文化財※に指定された「23,477枚の奉納養蚕信仰絵馬」を厳重に保存し、一部を展示している施設です。
絵馬館の建築面積は約153㎡で、絵馬が木製であることから、保存と災害予防のために高床式でコンパクトな設計となっています。館内は常に湿度40~55%、温度20~26℃に自動的に保つ機能を備えており、「地域の宝」である大切な絵馬を安全に保管することができます。

【重要有形民俗文化財】とは
産業や生活・信仰など、人々の生活に深くかかわる文化財のうち、形のあるもの(農具、衣類、絵馬など)を「有形民俗文化財」と呼びます。その中でも特に歴史的・文化的に重要な価値のあるものを「重要有形民俗文化財」として国(文化庁)が指定しています。
完成した「むかでの絵馬館」と入口のサイン(下)

200年以上も続いてきた
養蚕信仰絵馬の奉納

「養蚕」とは、絹(シルク)の原料となる、蚕(かいこ)を育て、そのさなぎである繭(まゆ)をとる仕事です。
養蚕は江戸時代中ごろから盛んになり始め、明治時代には日本のシルクの品質の高さから世界に輸出されるようになり、日本の重要な産業となりました。
このため養蚕が全国で盛んになっていきます。伊具郡(現角田市・丸森町)でも大半の農家が農業とともに養蚕を営んで生活の支えとしていました。
養蚕絵馬は、この養蚕がうまく行くことを願って、またはうまくできたことを神仏に報告するために、この地で人々の信仰を集めてきた福應寺に200年以上前から奉納されてきたのです。

▲絵馬館内部の展示室。奉納された絵馬の一部が展示されている。
▲最も古いものは、江戸中期の明和5年(1768)の絵馬が保存されている。

なぜ「むかで」が
絵馬になったのか?

福應寺の境内には、毘沙門天像、吉祥天女像、善尼童子の三尊像を祀る毘沙門堂があります。毘沙門堂は正徳4年(1714年)の建立とされ、この毘沙門天の使いが「むかで」とされています。また、むかでは古くは「商売繁盛」「戦勝」など、縁起の良い生きものとされていました。
福應寺がある角田市東根地区周辺の養蚕農家にとって、大切な蚕を食べてしまうネズミが天敵でしたが、「ネズミはむかでを嫌う」と言われていたことから、蚕を守るため毘沙門天の信仰とともに、むかでが「蚕の守り神」のような存在になっていったと考えられています。
毘沙門堂の奉納養蚕信仰絵馬が、重要有形民俗文化財に指定された大きな理由のひとつは、「むかで」と「蚕」と「毘沙門天」という3つの要素が一体となって、「絵馬を奉納する」という行動となり、全国でもきわめて珍しい信仰と生産との関係性が認められたことにあります。

角田市発行「福應寺毘沙門堂奉納養蚕信仰絵馬」パンフレットより
ネズミを追い払うむかでの絵馬。「退散」の文字が見える。
また、文字だけのもの(右)や、明治時代以降には彩色されたものやブリキ製(下)のものなども奉納された。

23,477枚!
なぜこれほどの絵馬が残されたのか?

「むかでの絵馬館」は、絵馬の保存のための施設です。展示されている絵馬が約300枚、収蔵庫には23,000枚以上の絵馬が保管されています。
これら残された絵馬の年代や奉納者を見ると、福應寺毘沙門堂が「養蚕の守り神」として、いかに広く深く信仰を集めていたかがわかりました。
絵馬の奉納者の住所からは、角田市のみならず、名取、岩沼、柴田、大河原、白石、蔵王、亘理、山元など仙南一帯、また、仙北地域や福島県、山形県にも信仰が広がっていたことが伺えます。
養蚕農家は、絵馬を一枚借りて帰り、養蚕がうまくいくと新しい絵馬を一枚つくり、二枚を奉納する「倍返し」をしていました。そうして、毘沙門堂の床下や長床と呼ばれる建物に投げ入れるようにして奉納されました。こうして毘沙門堂の奉納絵馬は増えていったのです。
 また年代別には、明治10年代(1877年~1886年)が最も多く4,000枚にも上っています。昭和30年代(1955年~)になると急激に奉納枚数は減り、昭和50年代(1975年~)に最後の絵馬が奉納されました。
これは養蚕業が盛んになった時期、化学繊維の登場・普及とともに養蚕が衰退したことと一致しています。

収蔵庫のようす。
絵馬は一枚ずつ中性紙の封筒にわけてケースに納められ収納されています。

地域の信仰を集める
福應寺と毘沙門堂

500年もの歴史がある福應寺は、角田市北部の東根地区鳩原という阿武隈川沿いの田園地帯にあります。正しくは「臥龍山福應寺」(がりゅうざんふくおうじ)と言い、室町時代の明應元年(1492年)に審巖正察(しんがんしょうさつ)によって開山されたと伝わる曹洞宗の寺院です。
「毘沙門堂にある大量の絵馬をなんとか保存できないか」――東根地区の人々が声を上げたのは平成3年(1991年)のことでした。そして地元の人々が主体となって、絵馬の掃除、絵柄の調査、大きさを測り記録するなど、数年がかりで一覧表にまとめあげました。
これを受けて角田市は、平成10年(1998年)に「福應寺毘沙門堂絵馬」として市の文化財に指定しました。さらに平成22年(2010年)から、地元の人々により再び絵馬の調査が行われ、文字の解読や特徴の記録が行われ、市の教育委員会でもデータベース化やデジタル画像化を進め、平成24年(2012年)、国の重要有形民俗文化財に指定されたのです。

一連の作業や調査には、地元の多くの人がボランティアで参加し、その熱意によって、貴重な「むかでの絵馬」の保存管理が実現しました。
先祖から受け継がれ、地域の力で国の重要有形民俗文化財に認められた「むかでの絵馬」は、まさに「地域の宝」となりました。

  • 福應寺本堂
  • 毘沙門堂
  • 田園の中、木立に包まれ福應寺があります。
  • 見学者向けの展示ガイドと、絵馬のパンフレット。
参考文献
福應寺・角田市教育委員会発行「福應寺毘沙門堂奉納養蚕信仰絵馬」
福應寺
住所
:宮城県角田市鳩原字寺44 (〒981-1531)
見学予約電話
:0224-69-2029(福應寺)※湿度管理のため、普段は閉館しています。
観覧料
:300円(見学には事前予約が必要です)